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私の友人からこんなメールが届きました

名前 ... 12期落ちこぼれ眞鍋隆一 Eメール URL

私の友人といってもかなり先輩ですが、
こんなメールが届いたので、ご紹介したいと思い、この掲示板に掲載しました。
身近な人の叔父さんということで、すごく興味が沸きました。以下は友人からのメール---

いつもお世話になっております。当メールで、TV番組の紹介を致したく、少し長いメールになりますが、失礼致します。

今週末の12月7日(日) NHK総合 21時より90分放送されますドラマ「最後の戦犯」(NHKスペシャル)をご紹介いたします。
 この話は、私の叔父の話(経験)を基にした内容で、今話題のSMAP中居主演の「私は貝になりたい」(古くは、
私が小学生の頃、フランキー堺が主演した同名のTVドラマ<東芝日曜劇場>でしたが)と同様に、戦争末期に米兵捕虜の殺害による戦犯が、テーマとなっております。
 「私は貝になりたい」では、主人公は、終戦後、故郷で通常生活に戻ったところを戦犯で捕えられ、まだ、戦争感情が治まらないうちに裁判にかけられ、死刑となりましたが、
叔父の場合は、大学卒業後、陸軍中野学校(スパイ養成所)を経て、中国へ赴任するところ、終戦末期で、渡る船の都合が付かず、
福岡でStand-By状態のとき、福岡での捕虜殺害の“油山事件“となりました。
 終戦後、“米国では、戦犯での逃亡は、罪が重くならないので、暫く、身を隠せ”との上官の命令(と言うより、殺害を命令したことをうやむやにする為に)で、
岐阜の多治見で約3年半の逃亡生活を送ってましたが、やはり、よそ者がいるとの噂により、捕らわれることとなりました。
但し、終戦より時間も経っていることからか、結果、裁判での死刑 は免れることとなりました。
 この逃亡生活、及び捕らわれてからの“巣鴨プリズン”での生活・状況、その後の裁判・服役での状況を、ほぼ毎日こと細かくメモとして残しておりました。
逃亡中は、何時捕まるかとの脅え、そのときには自決との覚悟で、常に拳銃を隠し持っていたと聞いてます。
 このメモを残していたことは、“戦争責任、特に、個人としての”への思いと同時に、中野学校へ入ったと言うことは、戸籍を抜かれ、終戦ですべてを失い、
天涯孤独の状況の中で、生きた証を残したいという思いがあったのではと思っております。
 このメモは、叔父の息子(私の従兄)が20才になったとき、徐に、「実は・・・」と叔父に見せられ、ショックで、暫くは、仕舞い込んでいたそうです。
叔父が亡くなった後、メモの存在を思い出し、資料としてまとめていたところを、戦争をテーマに本を書いていた作家の目にとまり、
2、3年前に本(題名:逃亡、毎日新聞社出版)として世に出ることとなり、今回、NHKでのドラマ化となったようです。
 親戚ということで、私にも取材の話が有りましたが、演出の方の都合で流れました。
叔父の名前は”左田野 修”で、ドラマでは、”吉村 修”となっております。興味のあるようでしたら、ご覧になってみて下さいませ。
ご紹介まで。

  • 投稿日時 ... 2008年12月03日(Wed) 16時23分
  • 更新日時 ... 2008年12月03日(Wed) 16時23分
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